2009年12月12,13日 尾鷲から潮岬へ


スポーツバイクを知ってしばらくソロで走っていた「シゲさん」は仲間がほしくなった。そこで数年前、古い山仲間である「安ちゃん」をバイクの世界に引っ張り込んだ。その後、まだ現役の「安ちゃん」は会社の中に何人かの自転車仲間=子分をこしらえていったらしい。その「安ちゃん」からメールが来た。”どっかで忘年ツーリングやろまい。暖かいとこがええな”。そこで「シゲさん」は尾鷲から潮岬まで走る計画を立案した。特に前半の尾鷲から熊野に至る海沿いのロードは連中も満足するに違いないと言う自信があった。
12日朝、東名阪自動車道亀山PAに集合した20代から60代の7人は3台の車に分乗して尾鷲に向かい、土曜日で空いていた尾鷲市役所の駐車場に車をデポし県道778に向かった。県道778は国道311が八鬼山トンネルで新規開通するまで国道311として使用されていた。そこは、かっての僻地の国道(狭くて車のすれ違いができず、連続するヘアピンカーブ)を髣髴とさせるものがある。しかし、熊野灘の海原を垣間見るロケーションは素晴らしく、車もめったに来ないという自転車乗りにとってはこたえられないルートだ(と、「シゲさん」は思っている)。ロングライドは初めてという若者も遅れがちにはなるが若さに任せて急坂を登ってきた。

県道778が国道311に合流した後も海沿いの道は続く。九鬼水軍のふるさとである九鬼漁村を通過。適度なup-downが続くロードは楽しい。しかもどこまでも続く青い海原を見ながらだ。複雑にいりこんだ海岸線は景色が刻々と変化する。走る幸せを感じないではいられない。だが、若者たちはさっきから落ち着かない。腹が減ったのだ。小さな集落が現れるたびに食堂を探すが、若い彼らの気に入る食堂なんて田舎にはない。たまにあったとしても”休業中”の看板。過疎の村ではやっていけないのだろう。やっと粗末な陳列棚に菓子パンを数個置いただけの店を見つけた。2,3人入ったら身動きが取れない狭い店だ。このパンで腹を満たそうと思った彼らは店の入り口に大鍋があり、底の方におでんが残っているのを見つけた。いつのおでんか分からないが腹を壊すようなことはないだろう。おでんを全部買い占めた彼らは白いご飯も分けてもらい、すぐ横の海辺で昼食会を始めた。異常気象である。南国とはいえ、12月中旬で春のような暖かな陽射しだった。道の駅で買ったさんま寿司を喰いながら「シゲさん」は彼らの貧しい、しかし楽しそうな食事風景を眺めていた。

尾鷲から熊野に至る海岸沿いの集落にはかって陸の孤島に近い状況の村もあった。国道311も険しい地形のため開通が遅れ途絶されていた。今は曽根トンネル、梶賀トンネルなど長大なトンネルのおかげでインフラは整備された。こんな過疎の地域に何故こんな立派なトンネルが、と思ってはいけない。このトンネルはこの地域の生活にとって必要不可欠だろう。だって、かっては陸の孤島だったのだから。無駄なものはほかに一杯あるだろう。おかげで我々自転車を愛する者にも思わず万歳がしたくなるような環境が用意されたのだ。

定年退職直後、「シゲさん」はかみさんと熊野古道を旅した。その時、波田須(はだす)という集落が大変気に入った。前に青い熊野灘がどこまでも広がり、魚釣りにはたまらないような岩礁がある。後は小高い山が北風をさえぎり、冬の温暖さが約束されたような地だ。南向きの緩やかな斜面には蜜柑畑・野菜畑が点在し、空気は底抜けに気持ちよい。「シゲさん」は風景を見ているだけで空気の清浄さが分かる、ということを実感した。この一角に「徐福の宮」という小さな神社がある。徐福とは秦の始皇帝の命令で不老不死の薬を探しに世界中に派遣された部下の一人だ。熊野古道を歩いた時、この神社の鳥居は老朽化し修繕のための奉加帳が置かれていた。なんとなく神妙な気分になっていた「シゲさん」は心ばかりのお金を寄付し住所氏名を記載しておいた。数年後、この地域の代表者から真新しく修繕された神社の写真とお礼の手紙を戴いた。「シゲさん」はうれしかった。時間に余裕があると見た「シゲさん」はつんのめりそうになる急斜面を降り、一行を神社に案内した。
日没寸前に予約した熊野駅近くのビジネスホテルへ到着。料理はほどほどだったが、特別に注文した刺身の盛り合わせが忘年会の雰囲気を盛り上げた。

13日、7:50ころ出発。人っ子一人いない熊野市街にペダルを漕ぎ出し、潮岬へと向かう。暖冬の南国とはいえ12月、手は冷たく指先のないグローブしか持ってこなかった「シゲさん」は凍える指をこすりながら走った。この日は延々と国道42号を車と共に走る。七里御浜は観光地として有名だが国道からは松林にさえぎられて何も見えない。道の駅「パーク七里御浜」で休んでいたら地元の人が「あの橋の上からこないだ転覆したフェリーが見える」と教えてくれた。野次馬っ気の多い若者に釣られて(「シゲさん」が先頭だった?)橋に登ってみると、遠くの海岸に船底を見せてひっくり返っている船が見えた。遠すぎて写真ではよく分からないのが残念。

単調な国道42号線の走行が続く。途中、若者3人が「マグロ丼が食いたいから潮岬までは行かない」と言い出し別行動。串本駅で落ち合う約束をして別れた。「シゲさん」は昨日の疲れが残っているのかちょっとした橋の登りでがくんと疲労を覚えた。それに、とにかく単調だ。海はずーっと見えているものの変化がなく、昨日のような感動が湧いてこない。それは贅沢と言うものなのだろうか。杭橋岩の奇岩を眺めて疲れを癒し潮岬へ向かう。10年ぶり2度目の潮岬。草原を自転車を押して本州最南端の地へ向かう。120円のアイスクリームをなめながら暖かい冬の陽射しを浴びて2日間148kmの旅を締めくくった。