お礼参り

名古屋のガン拠点病院の担当医に言い渡された余命期間を過ぎて生きている。頻尿で夜よく眠られず頭がボーッとしている日以外は元気に暮らしている。ありがたいことだ。毎日の散歩だって気持ちよくしている。この上まだ自転車で走ろうとしているから欲張りなものだ。
現代西洋医学から見放されてからしばらく何もせずにいたが、そんな人たちが頼って行く病院が埼玉にあると知ったのは去年の5月だったか。その川越の病院へたまに入院、たまに通院しているが西洋医学的な治療は何もしないし何もできない。「患者」仲間と太極拳やら気功やらやって、帯津先生とスキンシップしてくるだけ。
今思うと名古屋医療センターではいい医者に巡り会えたと思う。手術のために開腹(自分の場合は開胸)しても結局目的の手術ができないことを”ムダ切り”ということを知った。「加藤さん、ムダ切りはしたくないからよく検査しましょう」ということで、いろんな検査をした。結果的にはムダ切りになってしまい酷い目にはあった。しかし胸を開けた執刀医は切除せずに肺を残してくれた。その医者は「全部切除してしまうDr・もいますけど私はやりません。がんが治癒するわけでもないしQOLが落ちます」と言った。
病院の経営上手術のノルマもあるという話も聞いているのに、肺をそのまま残してくれたことは今思うとありがたい。あやうく酸素ボンベを背負い、ガンの再発に怯える日々を送るとこだったのだ。ただ当時は手術も抗がん剤も当たり前の治療として受け入れていたので、手術ができなかったということへの落胆は言葉に表せない。もう後は死を待つだけじゃないか、と。そして担当医から「1年半」が言い渡された。
抗がん剤治療についても正直に話してくれた。臨床試験薬で強い薬だったが「効く確率は20〜30%」だそうだった。医学の世界では20%効くだけで(80%の人に効かなくても)”この抗がん剤は効く”という表現をするようだ。一時的にがん細胞が縮減する場合があるが、やがて元に戻って来る場合が多いという。そしてその後は果てしなく(死まで)抗がん剤地獄が続くことになる。中村医師の言葉を借りれば「拷問のような苦しみを味わった挙句、やっと息を引き取る」ことになる。私はその苦しさの一端を一昨年の秋に味わった。
1年半の命が抗がん剤の投与で3年に延びたとしよう。ところで、抗がん剤治療を続けて生きたその3年間はいったい何なんだろう。早い話がこれは、

昨日の昼、自分で作った醤油ラーメン。
作った、といっても麺はゆがくだけだし、つゆも湯で薄めるだけ。
今見ても口の中にじわ〜っと唾が湧き出してくる旨いラーメン。
これが抗がん剤が服用中は見るだけで吐き気がするのだ。
吐き気をするものを無理やり喰ったって、DNAはそれを栄養分として体内に取り込んでくれるだろうか?
医食同源という言葉もある。喜んで喰ってこその”食事の喜び”だ。無理やり喰ったら食べ物に失礼だろう。
毎日かみさんが作る夕食の旨いこと。「旨いなぁ〜」「旨いっ!」と言って喰えることの幸せ、よ。
そこで、西洋医学から「もうないと言われた時間」を生きていることへのお礼として、力になってくれたスピリチュアルなものにお礼参りをしようと思った。
1月下旬、夫婦岩

日没寸前に夫婦岩へ。
北風吹きまくり、
寒ッ!
一昨年の秋、4回目の抗がん剤を受ける前にここへ来た時、輪注連縄というものがあることを知った。
そこで、200円払い左肺によく当ててお願いをした。「輪注連縄様お願いします」
この日、夫婦岩遥拝処に輪注連縄が置いてあったので、早速200円払い御礼をする。
「ありがとうございました」



ところがその奥に本殿がありここにも輪注連縄が置いてある。
一昨年はここでお願いしたことを思い出した。
つい先ほどお賽銭を入れてお礼したばかりなのに・・・・・
一瞬、またお賽銭を入れることを躊躇した自分が恥ずかしい。
もう一度200円を賽銭箱に入れる。
「輪注連縄様ありがとうございます」



その翌日龍仙山の観音様へ

翌日、海からの眺めを楽しむべく南勢町の龍仙山(402m)に登った。
この山は海辺の船越集落から蜜柑畑の中を登るのが楽しいが、
今日も中腹まで車。
山頂までのんびり歩いて40分ほど。
期待にたがわぬ眺め。
五ヶ所湾の向こうに志摩半島
その向こうは太平洋だ。

山頂に小さな石室があり、
観音様(と思ったが)が安置されている。
一昨年1月に登った時、がんはまだ見つかってなかったので
がん治癒のお願いはしてないが、
「家内安全」「無病息災」のようなお願いはしたはずだ。
お賽銭をちょっと奮発して手を合わせる。
「お医者様に言われて時間以上に生きています、
ありがとうございました」





2月、知多半島お亀さんへ
いつもほ甲羅に賽銭が一杯載っているのに、今日はきれいだ。回収されたのだろう。


右の鼻の穴に5円玉を。
これからもご縁がありますように。


左が今まで身につけていた御石。
右がこの日いただいてきた御石。

お亀さんへお礼参りの後、
まるは食堂で定番のえびふりゃぁを喰う。
ここの刺身はいつも新鮮だ。
輪注連縄様、お亀様
今日も身体が”旨い”と言っとります。
ありがとうございます。
エビフリャァに舌鼓をうった後、羽豆岬へ。
岬全体が小さな丘になっており、
ほぼ全山が南方種ウバメガシに覆われている。
遠くに三島由紀夫の小説の舞台、「潮騒」の神島が霞んでいる。
何回も何回も深呼吸して先端の羽豆神社へ向った。